ワーキングマザーの子連れ旅の記録

【沖縄県】首里城

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✔️ 子どもに見せたい世界遺産

2008年に初めて訪れ、再訪は2019年8月。その年の10月に火災があり、ニュースで大々的に報道されました。私でさえショックなのに、近隣の方の気持ちはいかばかりでしょう。

龍柱が両方とも焼け残った。

在りし日の首里城は行く度に雨で、その朱い色をより濃くしていました。

2019年、雨に濡れる本殿。結構な大雨で、建物から出ずに撮ったので斜めの構図に。たび子撮影。

 

再建に向けての動き

 昨年(2019年)の夏に行った時は、国際色豊かな人々で溢れていましたが、私たちが訪れた日は大雨警報が出ていた事もあり、まばらな人出でした。守衛さんの数の方が多かったかも。角を曲がる度に守衛さんが立っていました。

 本殿のわきの階段をあがり、展望台に進んでいると、守衛さんに「あれ見た?」と声をかけられました。

振り返ると、一目で焼け落ちたと分かる残骸の山が有りました。本殿の焼け跡でした。しばし言葉を失い、時々来る私がこんな感情になるのに、地元の方はどんなに悲痛か。うちなんちゅらしい彫りの深い守衛さんとしばし立ち話をしていると、前に来た時に写真を撮ったか聞かれました。雨の日に本殿の写真を見せると「貴重だ。よく撮っていたね」と言われました。話していると、なんだか守衛さんも感極まっている様子でした。

 以前に来た時も雨、今日も雨。雨に濡れた首里城は、朱い色がより一層濃く見えていました。焼け落ちたあとは真っ黒で、木造建築のあっけなさを感じました。

 写真には龍柱が映っていますが、見た目は残っているものの、長時間高熱にさらされていた為に修理が必要との事。

 

焼け跡が生々しく残る。

 

 

首里城お隣りの小学校

首里城もう一つのお話

ウィークリー沖縄YouTubeより

首里城の地下には1kmに渡って壕が掘られている。戦時中の司令部の拠点として使われていた。ベッドが置かれ、傷付いた兵士もここで寝ていたらしい。

沖縄の南部は激戦区だった地域で、浮かれた気持ちで行く場所ではないと思っているので、度々訪れる沖縄旅行でも行き先から外していたが、ぷい子の年齢が上がって来た事もあり、まずは首里城のもう一つの側面を調べて一緒に学習した。

ウィークリー沖縄

ぷい子が見る、謎の夢

ぷい子が夜中に夢を見てうなされている事が時々あるが、誰にでもある事なので、特に気にしていなかったが、ある時、同じ夢を何度も見ると言い出した。

「バーンって音がしてね、みんなが走って逃げてるの。小さい女の子が一人でしゃがんで泣いてる」

「機関車が走ってる」

「もう50回くらい同じ夢を見た」

何だろうと思っていたが、聞いているうちに、戦時中の回想なのでは?と思った。うちの近くでは機関車は走っていない。周りの人の服装を聞いてみた。

「茶色」

…それって、軍服の色じゃなくて? バーンという音は誰かが黒い丸いのを投げるらしい。

そりゃ、怖かろう。逃げている場所はどこなのだろう。その後もぷい子は夜中にうなされている。かと思えば笑っていて楽しそうだったりする。

私は霊感がお蔭様で?全然無いのですが、家系的にぷい子は見えてしまうらしく(同じく見える親戚とぷい子との会話が異世界)、沖縄に行く時は”塩”をリュックにしのばせています。※食卓塩ではなく真塩

更新:2020.08.31

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